菜桜助産所 代表 堀田 久美

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Face to Face Talk[フェイストゥフェイス トーク]

 

vol.138

ママたちのお母さん

菜桜助産所 代表 堀田 久美

 60代の女性が通院する助産所がある。この事実に違和感を覚えた方は、ぜひ今回の記事を読んでもらいたい。富士市内唯一の有床助産所である『菜桜(なお)助産所』は出産時だけではなく、女性の生涯にわたる心身の健康を支えるための先進的な取り組みを続けてきた。その中心にいるのが、代表の堀田久美さんだ。助産師・看護師・保健師の資格に加えてプロフィールに記載された「東京大学大学院保健学博士」という肩書にたじろぎつつも、じっくりインタビューさせていただくと、その飾り気のない人柄に触れてすっかりファンになってしまった。「ママのママになる」というモットーが示すとおり、菜の花のような明るさと桜のような優しさで女性の幸せを育む堀田さんの活動は、今日もこの町に笑顔の花を咲かせている。

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堀田さんが運営する菜桜助産所は出産のためだけの施設ではないそうですね。

 「助産所は基本的に出産をするための施設ですが、当院ではそれに加えて、出産以後の女性の健康管理、つまり産後ケアに力を入れています。母乳育児の問題に対応する母乳外来、産後の育児習得や休息を目的とした産後入院、出産や加齢に伴う尿漏れや更年期の不調への相談対応、また健康や子育て、赤ちゃんの発育をサポートするための各種講座も開催しています。病院やクリニックで出産した方も対象で、利用者の大半は他院で出産したお母さんたちです。現在は母乳外来でひと月に約50人、体操やヨガなどの講座では約160人が利用していますが、産後ケアをここまで前面に出している施設は珍しく、それができるのは助産所ならではだと思います。助産師として出産に立ち会える感動はいうまでもありませんが、舌を上手に使えないためにお母さんのお乳に吸いつくことができない赤ちゃんが、母乳外来やデイキャンプに参加して、お母さんも赤ちゃんも泣きながらトレーニングを頑張った結果、うまく母乳を吸えるようになったときや、ずっと悩んでいた尿漏れが軽減して外出できるようになったと喜ぶ女性の表情を見たときには、この仕事に心からやりがいを感じます。」

 

助産所での出産を希望する方にはどのような動機があるのでしょうか?

 「きっかけとしては口コミや紹介が多いですが、出産の場合は必ず事前の見学とカウンセリングを行います。コミュニケーションを何よりも大切にしていて、妊婦健診は最低でも1時間はかけますし、出産時になかなかお産が進まないときには一緒に海沿いを散歩したり、お弁当を食べたりして過ごすこともあります。同じ時間を共有することで、妊婦さんとの距離もグッと縮まります。大きな病院などでは出産後の1ヵ月健診で『お世話になりました、さようなら』だと思いますが、当院では『おめでとう、これからよろしくね』という会話になります。だって女性の人生は出産から後の方がずっと長いんですから。最近では開院当初に出産したお母さんから思春期の子育てについて相談を受けることもあります。いずれはここで生まれた子どもたちが、自分も菜桜助産所で産みたいと思ってくれたら嬉しいですね。私と女性たちにはそれぞれ立場の違いはあっても、人と人とのお付き合いとして、相手のことをとことん大事にしたいですし、ここに来てくれる人はみんな私の娘だと思っています。だから私が目指すのは『ママのママ』。おばあちゃんという意味ではありませんよ(笑)。ただし馴れ合いではなく、正々堂々と誠実に接するように努めています。できないことや分からないことははっきりと伝えますし、お互いのことを知っているという安心感があるので、変に背伸びをする必要もないんです。お母さんが人として完璧ではないように、私も完璧じゃないのよって。でもいつでも我が子のことを想って一生懸命頑張るのが、お母さんですよね。」

 

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女性の幸せが、私の幸せ

 

出産はあくまでスタートラインなんですね。出産に対する考え方も多様化しているということでしょうか。

 「医師がいるから病院の方が安心だという認識がまだまだ主流で、助産所だと何かあった時に心配だという声を聞くのもたしかです。そもそも助産所を医療介入のない場所だと誤解されていることもあります。薬の使用や応急手当には一定の基準があって、当院でも医学的根拠と法令に基づいた適切な処置を行います。一般的な病院での出産と大きく異なる点としては、分娩台がないことですね。分娩台は診察する側にとっては便利ですが、出産する女性には苦痛です。産道は身体の前方に向かってカーブしているので、重力に逆らって天井に産み上げる形になる仰向きだと、さらに大変になるんです。当院では布団の上で、お母さんが一番楽な姿勢でお産に臨んでもらいます。どの体勢がいいか分からない人には、赤ちゃんの向きなどを考慮しながら提案はしますが、身体のことを一番分かっているのは本人です。私たちは一律に管理するのではなく、お母さんが本来持っている感覚や力に寄り添いながら、必要に応じて知識やヒントを投げかけていきます。最近ではこういったフリースタイル出産の評価が高まっていて、すでに取り入れている病院もあります。とはいえ今後、助産所での出産件数を右肩上がりに増やしていくのは難しいだろうと思います。だからこそ、私たちは選んでくれた人に精一杯対応しながら、産後ケアという形で多くの人に助産所を利用してもらえるよう発信していくべきだと考えています。」

 

堀田さんが助産師を目指したきっかけは?

 「高校までは器械体操をやっていて、身体の使い方やメンタルトレーニングに関心があったこともあり、進学先を考える中で助産師の仕事に興味を抱きました。大学の看護学部を卒業後に専門学校へ進んで、助産師の資格を取得しました。振り返ってみると、もともとお産への思いが人一倍強かったのかもしれません。母が私を産むとき大変な難産だったそうで、本来は顎を引いているはずの顔が上を向いた体勢で生まれました。これは母子ともに危険な『顔面位』という状態で、今ならそんな状態になるまで放っておくことはまずありませんが、当時は超音波もなく、緊急の帝王切開でなんとか助けられました。また私の近い親戚が生後1週間で赤ちゃんを亡くしたところを見ていたので、むしろ出産をマイナスイメージで捉えていました。赤ちゃんを産むことは女性にとってものすごく大変なことで、ときには悲しい出来事にもなり得るということを、子どもながらに感じていたのかもしれません。」

 

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病院勤務時代の堀田さん

 

そこから助産所を開業するに至った思いや過程は?

 「病院などで助産師として勤務した後、大学の教員として働き始めたところで、双子の娘を妊娠しました。産休を経て復帰したのですが、もっと深く学びたいという思いが強くなって、娘が1歳になる頃、大学院への進学を決意しました。周りからは驚かれましたが、夫の理解や実家のサポートもあり、看護学の修士課程を終えることができました。育児をしながらの受験や通学は大変でしたが、女性は母乳をあげていると脳が活性化するという研究結果があるんですよ。何かの勉強をするなら授乳中がおすすめです(笑)。当時、富士市内には助産所が1軒もない状態が10年以上も続いていて、だったら私が始めようと思い、菜桜助産所を開業しました。でもそこには厳しい現実が待っていました。頑張れば安定的な収入が得られて、女性や社会のためになると信じて始めたものの、ずっと助産所がなかった地域だけに、助産所に対する理解を得るのは困難でした。子育てもあって10年間くらいは毎日3時間睡眠で、朝から晩まで必死に働いても夫の扶養から出られないという状況でした。これだけやって手に入るのが『ありがとう』と『よく頑張ってるね』という言葉だけでは、事業として続くはずがありません。かといって私が辞めてしまったら、またこの町から助産所が消えるのかと思うと、自分のやっていることは一体何なんだろうと悩みました。一時は助産所を人に任せて自分は外に働きに行ったりもしましたが、助産所だけでビジネスとして確立するのは不可能という結論に至って、私が一番やりたい助産所を維持するために、育児や健康に関する商品の販売や講座などの周辺ビジネスを始めることにしました。」

 

もがきながら道を切り拓いてき たという感じですね。その後さらに大学院の博士課程にも進んだのですね。

 「自分にもう一つ何か光るものがほしい、プロとして常に最新の知識、最高の技術で現場に臨みたいと考えた末に、最高学位である博士号を取得するためにもう一度大学院に行こうと決めました。そして骨盤底筋の研究に携わったことで、新たな道が見えてきました。骨盤底筋とは簡単にいうと『お股』の筋肉の総称で、女性は出産によってダメージを受けます。出産時の会陰(えいん)裂傷などは見た目にも分かりやすく、現場ですぐに対処しますが、骨盤底筋の損傷は外見では分かりません。それによって子宮が下がったり尿漏れを起こしたりということは以前から知られていましたが、産婦人科、泌尿器科、直腸肛門科の領域に跨がっていて、出産後すぐにではなく数年してから発症することも多いため、助産師は自分たちの仕事として注目してこなかったんです。私自身もこの年齢になって、腰の痛みや尿漏れの心配といった身体の変化を感じたこともあって、助産所での産後ケアに力を入れるようになりました。現在は理学療法士、作業療法士、鍼灸師など、各分野のプロと連携しながら、私が守りたい女性たちのために何ができるのかを日々追求しています。」

 

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三人の愛娘と堀田さん

 

女性のために歩み続ける堀田さんが思い描く理想的な社会とは?

 「ひと言でいうなら、女性が産後もずっと、ほっこり幸せでいられる社会ですね。お母さんは人前では笑っていても、一人になるとそうとは限りません。大好きな夫も子どももいるけど、なぜか寂しいとか、病院に行くほどじゃないけどなんだか調子が悪いとか、話を聞いてみるといろいろと抱えているものです。そんな女性たちがずっと幸せでいられるための拠り所として菜桜助産所があって、『あそこに行けばお母さんがいる』と思ってもらえる、オアシスの止まり木のような場所でありたいです。それから、これまでずっと女性の話をしてきましたが、そのパートナーである男性にも伝えたいことがあります。女性のような身体の変化がない男性にとっては、出産を機に急な生活の変化に放り込まれたような感覚があるかもしれませんが、男性も子育てを『手伝う』のではなく、子育てを『やる』ということを意識してほしいです。そして、子どもが可愛いのは分かりますが、それよりも先にまず奥さんに『アイラブユー』って伝えてほしいんです。その言葉が女性にとって『ああ、私は幸せなんだ、大切にされているんだ』という実感になって、心身の健康や家庭の明るさにもつながっていくんです。付き添いで当院に来た男性にはそんな話をこそっと耳打ちしています。そういうおせっかいなおばちゃん的なことができるのも、助産所ならではですよ(笑)。」

Title&Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text&Photography/Kohei Handa


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堀田 久美

菜桜助産所 代表 
保健学博士・助産師・看護師・保健師


1967(昭和42)年4月13日生まれ
富士市出身・在住

 


ほった・くみ/富士南中、富士東高校、日本赤十字看護大学卒業後、静岡厚生保育専門学校を経て助産師の資格を取得。病院・診療所で9年、助産所で11年、大学教員で5年の勤務経歴を持ち、2001年4月、富士市唯一の有床助産所となる『菜桜助産所』を開設。2012年には東京大学大学院にて保健学の博士号を取得。また、中年女性の心身の健康管理を目的とした『メノサポ手帳』や、地元仕出し弁当店との連携で栄養バランスのとれた食事を宅配する『産後ママ応援弁当』などを発案・商品化。2017年には全国の個性あふれる女性起業家を発掘・表彰するイベント『J300アワード』で大賞を受賞。女性の幸せに主軸を置いたその活動は広く注目を浴びており、各地での講演活動なども積極的に行っている。双子を含む三人姉妹の母でもある。


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菜桜(なお)助産所

富士市宮島1062-8
TEL:0545-63-1608
http://nao-sanba.com/

 

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