NPO法人EPO 理事長 髙橋 智

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Face to Face Talk[フェイストゥフェイス トーク]

 

vol.153

森のネットワーク

NPO法人EPO 理事長 髙橋 智

 標高530メートル、富士山南麓を走る国道469号線沿いにある『EPO Farm & Garden(エポファームアンドガーデン)』に流れる風は、今日ものどかで優しい。のんびりと草を食む馬や羊、放し飼いにされた烏骨鶏(うこっけい)の合唱、楚々と咲き香る季節の花々が、訪れた人の心を解きほぐしてくれる。ここでは障害を持つ方々が運営に携わる有機農業や馬と触れ合うメンタルケア、自然を介した子育てプログラムなどが日々営まれ、地域に開かれた農場「ソーシャルファーム」としての機能が根付いている。この施設を運営するNPO法人の代表を務める髙橋智(たかはしさとり)さんは、「もとは専業主婦だったんですけど、あったらいいなと思うものをみんなで作ってきたら、こうなりました」と屈託なく笑う。保育、教育、福祉、農業と、関わってきた事業の範囲は多岐にわたるが、いつでもその中心にあるのは、人と人、人と自然が触れ合うことで生まれる感動。そしてそれらを持続可能な形で育てていきたいと願い、行動する人々の情熱に他ならない。

Face to Face Talk vol.153-1

 

まずは『EPO Farm & Garden』の概要についてお聞かせください。

 「障害を持つ方々の就労支援・自立支援の場として、乗馬をつうじた生きがいづくりや社会参加を促し、農業を軸とした生産活動を行なっています。野菜や卵、羊肉・羊毛などを農産品として出荷するほか、併設の『Cafe(カフェ) こばっちょ』では、当園や地元の契約農家で採れた食材を使った商品やハンドメイド雑貨などを販売しています。また、自然と触れ合いながら子どもたちの健全な育成を目指すプログラムにも力を入れています。時間と空間を自由に使って子どもたちが思うままに絵を描く『森のアトリエ ニキッズ』や、未就学の子と親が自然の中でさまざまな体験をする『森のようちえん こだま』など、各種サークルと連携しながら、教育の場を提供しています。子育てワークショップは障害の有無にかかわらず参加できますし、カフェはどなたでも利用可能です。季節に応じたイベントも開催していて、羊の毛刈りやキャンプ、焼き芋大会、クリスマスリースづくり、味噌づくりなど、自然と親しむ機会がたくさんあります。EPOの活動を知りたいという方はもちろん、一般の方も気軽に訪れて雰囲気を味わってもらえればと思います。」

 

Face to Face Talk vol.153-3『森のようちえん こだま』の活動風景

 

これらの事業に取り組むようになったきっかけは?

 「私はもともと保育士なんです。福岡県の実家は保育園を経営するお寺で、私が保育士を目指すことになったのは自然な流れでした。地元の短大を卒業後、富士宮市の野中保育園で2年間働いたのが、この地域との最初の接点です。野中保育園は『大地保育』と呼ばれる、自然環境を重視した自由な保育方式を提唱していて、当時は全国的にも有名でした。実家の保育園の方針とも合致する部分が多かったので、研修を兼ねた形で働かせてもらいましたが、保育のあり方や自然との共生といった観点では、現在のEPOの活動にもつながる良い経験になりました。その後、結婚と出産を経て、しばらくは専業主婦として暮らしていましたが、わが子の絵本やおもちゃを買いたくても、近くに売っている場所がなくて本当に困りました。当時はインターネット通販もありませんから、売ってないなら自分で作ってしまおうと、自宅を新築する際に10畳くらいの部屋を作って『ビブロス』という名前のおもちゃ屋を始めたんです。今にして思うと、夫もよく許可してくれましたよね(笑)。そこでは販売だけでなく、同世代の親子を集めてわらべ歌や積み木のワークショップを開催したり、保育士の経験を活かした育児相談や勉強会を開いたりしていました。」

 

それが地域の放課後学童クラブの開所活動へと発展したのですね。

 「お店は12年ほど続けて、その間は勉強会なども継続していましたが、自宅の小部屋ではできることにも限界がありますし、お母さん同士でも、子どもたちの遊び場の必要性が話題になっていました。本当は児童館ができるといいなと思って、いろいろと調べてみたんですが、児童館を新設するのは資金的にも手続き的にもハードルが高すぎて、諦めざるを得ませんでした。そんな中、自分の子どもが通うことになる小学校に長らく放課後児童クラブがなくて困っているという情報を耳にしたんです。児童クラブであれば、父母が育成会を組織して場所さえ確保できれば比較的簡単に実現できると知り、その空間を地域に開放することで児童館のような遊び場にできるかもしれないと思いました。どこかにいい場所はないかと自転車でウロウロしていたら、小学校の目の前の自動車板金工場の跡地がたまたま空いていて、大家さんに事情を説明して貸してもらえないかと交渉したところ、快諾してくれて。行政もPTAも後押ししてくれることになったので、じゃあ自分たちでやってみようかと決意したんです。放課後児童クラブの枠を超えた、より開かれたコミュニティにするために、子ども会や幼稚園、保育園、老人クラブなどの各団体に声をかけて、地域全体で楽しめるお祭りなども積極的に企画・開催していきました。

その時点では障害児を意識していたわけではないんですが、ある時、四肢不自由な重度障害のある子のお母さんから、『うちの子も児童クラブで見てくれませんか?』という申し出がありました。保育士時代に障害児保育も経験していたので抵抗感はありませんでしたが、まだ小学校に上がるか上がらないかという歳の女の子で、『どうしてわざわざ?』という疑問は抱きました。でも、その時のお母さんの言葉が印象的だったんです。『この子はいずれ特別支援学校に入ることになるけど、それでも同じ地域でともに育つ子どもたちに、娘の存在を知ってほしいし、可能な限り一緒に遊んでほしいんです』って。たしかにそうだ、それは大切なことだって、改めて気づかされました。それからは地域の子どもたちという対象に加えて、『障害の有無にかかわらず』というコンセプトが加わって、現在EPOで行なっている障害者支援事業の原型にもなっていきました。」

 

Face to Face Talk vol.153-2ゆったりとした時間が流れるEPOの日常

 

家族のように動物と触れ合う現在の髙橋さんからは想像できませんが、馬や羊などの動物を扱うことも、もともとは専門外だったそうですね。

 「きっかけは児童クラブが主催した地域のお祭りでした。企画として移動動物園をやろうということになって、そこでポニーの引き馬体験や小動物との触れ合いコーナーを設けたのが最初です。毎年お祭りの時だけ地元の高校や馬を所有する団体から貸していただいたんですが、これが子どもたちに大好評で。そのエピソードを所有団体の人に話したら、『だったらもう、馬を飼ったらどうですか?』って言うんです。最初は『は?何を言ってるんですか?』って笑ったんですけど、私たちの悪い癖で、『夏休みの間だけでも、身近に馬がいると子どもたちが喜ぶだろうな』って、だんだんその気になって(笑)。もちろんお金がかかることなので、企画を練って、助成金を申請して、使っていない畑を貸してくれる人を見つけて、一つずつ課題をクリアしていきました。馬小屋も必要なので、ある建築会社の社長さんに廃材などを譲ってもらえないかと相談に行ったら、『よし、分かった!』と次の日には重機が出てきて、あっという間に即席の牧場が完成したんです。児童クラブの子どもたちの喜びようは想像以上でした。小学校高学年になると、エネルギーを発散するには児童クラブのスペースでは狭く、牧場に連れ出すだけでいきいきと活動するんです。普段は大人の言うことをちっとも聞かないくせに、『俺が馬小屋の掃除をやります!』なんて張り切っちゃって(笑)。もともと馬のことをよく知らない人間ばかりなので、なかなか馬に乗れなかったり、馬具を壊してしまったりと、ハプニングもありましたが、思う存分馬に乗れて、泥まみれになって、大笑いして、子どもたちにとっては珠玉の日々だったと思います。これを機に、次の冬休み、春休みと、何度か試した結果、これはいけるんじゃないかということになって、2004年に発足したのが会員制の乗馬クラブ『富士宮ポニークラブ』で、これが現在も続く常設のポニークラブ『エヘガザル富士山牧場』の前身です。」

 

Face to Face Talk vol.153-5活動に欠かせない馬たちは大切に飼育されている

 

最初はお祭りの出し物の一つだった馬が、事業の主役になった瞬間ですね。

 「エヘガザルの運営でも、障害のある子もない子も一緒に楽しめる場所にしたいという思いはありました。ホースセラピーという言葉もあるように、心に困難を抱えた人と馬は相性がいいことは分かっていましたし、実際に自閉症の子もポニークラブに通っていました。彼らが特別支援学校を卒業した後に、働きながら過ごせる場所にできたらという希望もあり、エヘガザルを福祉事業にするという案もありましたが、その土地は農地転用ができない農業振興地域だったため、断念しました。そこでエヘガザルは健常児を中心とした少年団的に活動する牧場として残したまま、新たな場所で福祉事業をメインとした牧場を始めようと独立したのが、EPOなんです。Eは『エコ』、Pは『ポニー』、Oは『オーガニック』の頭文字で、ここでも登場するポニー、つまり馬は私たちにさまざまなことを教え、サポートしてくれるパートナーで、私たちの思いや活動を象徴する存在でもあります。」

 

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はじまりは
私たちに「できること」ではなく
私たちが「やりたいこと」

 

活動のステージは広がり続けていますが、髙橋さんがこの先に目指すものは?

 「今後は事業の拡大というよりも、各スタッフが専門分野に集中して力を発揮できる環境を整えていきたいと思っています。現在は約40名の体制ですが、ありがたいことに『EPOで働きたい』と、わざわざここに来てくれるスタッフがたくさんいるんです。各分野の国家資格や専門知識を持った、優秀な人たちです。EPOの中心メンバーは児童クラブの頃からともに奔走した同世代のお母さんたち、つまり『ママ友』の集まりで、ハーブの栽培も羊の飼育もカフェの運営も、素人の私たちにできることには限界があります。でも、そんなEPOの理念に共感してくれる人々の専門性を活かして寄せ集めれば、みんなにとってより良い事業に育てていけるかなと。これまでいろんなことをやってきましたが、ある意味何も知らないからこそ、勢いで挑戦して走り続けることができたんだと思います。無知って強いですよね(笑)。まずはやってみて、壁にぶつかって、周りの人に相談して、ご迷惑もかけて。それでも助けてくれる人が現れるのは、やはり心からの熱意が伝わるからだと実感しています。そしてその根っこにあるのは、『地域の子どもたちのため』というブレない志です。今は療育の分野にも関わるようになりましたが、振り返ってみると、これは亡くなった父が実家の保育園で取り組んでいたことなんです。地域の子どもたちのためにと、熱心な父でした。そんな家庭で育った私は、幼い頃から障害を持つ友だちと一緒に遊んだり、キャンプに行ったりというのが当たり前の生活でした。多様性のある子どもたちを自然な環境で育み、お互いの理解を促すことの大切さや、身内に重い障害を持つ子のいる家族の思いが違和感なく受け止められるのは、この家庭環境のおかげだと思っています。以前EPOを訪れた母がひと言、『この場所、お父さんが見たら喜ぶね』って言ってくれたことが、すごく嬉しかったです。」

Title&Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text&Photography/Kohei Handa


Face to Face Talk vol.153-6

 

髙橋 智

NPO法人EPO 理事長/社会福祉士

1967(昭和42)年2月1日生まれ 
福岡県直方市出身・富士宮市在住

 

 


たかはし・さとり/保育園を経営する寺院の長女として生まれる。地元の短大を卒業後、富士宮市の野中保育園(現・野中こども園)で2年間勤務し、結婚を機に富士宮市に定住。出産後は専業主婦をしていたが、1996年に絵本とおもちゃの店『ビブロス』を自宅内にオープンし、営業と並行して保育や幼児教育に関する啓発活動を開始。2001年に仲間とともに富士宮市立大富士小学校放課後児童クラブ『ぷらどーむ児童クラブ』を開所。2006年、富士宮市山宮に常設の馬介在教育・療育牧場ポニークラブ『エヘガザル』を開設し、2008年にはエヘガザルから独立した組織として『NPO団体EPO(現・NPO法人EPO)』を発足。『EPO Farm & Garden』を拠点として、障害者福祉サービスおよび就労支援サービス、子どもたちが自然と触れ合える教育支援サービスなど、幅広い領域で活動を続ける。


 

EPO Farm & Garden (エポ ファーム アンド ガーデン)


所在地:富士宮市粟倉2736-3 TEL・FAX  0544-21-9533
ウェブサイト http://epo-farm.com

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