「オーストラリア」からようこそ

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フジサンタカイネ

 

第21回

 富士山を気軽に楽しむのであれば、登山シーズンの「少し前」がおすすめだ。具体的には富士宮口登山道五〜六合目の冬季閉鎖が解除されてから山開きまでの約1ヵ月間。下界よりも遅れて訪れる新緑のシーズンで、鮮やかな緑に包まれた富士山スカイラインを走るだけでも心が躍る。そして何より、登山シーズンの大混雑ぶりと比べて嘘のように空いている。頂上まで登りたい人は山開きまで我慢が必要だが、遠方からの来客をもてなす時や、幼い子ども連れの行楽には最適だ。

第21回 フジサンタカイネ1 そんな6月中旬のある日、梅雨のひと休みでよく晴れていたため、外国人観光客を探して富士宮口五合目を訪れてみた。すると驚いたことに、展望台にはすでに多くの外国人が。以前の取材で「長期滞在の外国人観光客はその日の朝の天気予報で晴れだと分かると、富士山方面に移動を始める」と聞いたことがあったが、まさにそれを裏付けるような光景だった。これは入れ食い・・・いや、豊富な選択肢がある状況で、今回はにこやかに談笑しているファミリー風の3人組に声をかけてみた。

 お揃いの富士山ニット帽を被っているのは母のニモ・イブラヒムさん(34歳)と息子のジャマルくん(15歳)で、オーストラリア・シドニー在住の親子。一緒にいる男性は当然お父さんだろうと思いきや、そうではなかった。同じくオーストラリア国籍ながら東京在住歴28年で、自動車部品の輸出業に携わるエジロ・アポロノさん(52歳)だ。最初に名前を聞いた時、流暢な日本語で「えいじろうです」と言われたので、両親のどちらかが日本人なのか、もしくはジョークなのかと一瞬頭が混乱した。もう一度聞き直しても答えはやはり「えいじろう」だったので、紙に書いてもらったら、本当に「EJIRO」だった。エジロさん、疑ってごめんなさい。

右上写真:左から、案内役のエジロさん、母のニモさん、息子のジャマルくん

 エジロさんは西アフリカのナイジェリアに起源を持ち、ニモさんとジャマルくんは東アフリカのソマリア系。ナイジェリアとソマリアは直線距離だと日本とインドネシアほど離れているが、同じアフリカ系移民の出身ということで、以前から家族ぐるみで親しくしているとのこと。二人は東京のウィークリーマンションに2週間の滞在中で、初来日となる母子二人旅をエジロさんがサポートする形で、レンタカーでいろいろな場所を案内しているという。

 インタビューは快諾してもらえたが、せっかくなら実際に富士山を歩いた感想を聞きたいと思い、六合目や宝永山の散策を終えてから改めて会うことに。「じゃあ1時間後くらいに」と一旦別れたのだが、結果的にニモさんとジャマルくんが戻ってきたのは2時間半後。エジロさんは「私は疲れたから」と先に下りてきて車の中で仮眠していた。長年日本に住んでいながらも、仕事一筋で観光らしい観光はしたことがないというエジロさんらしい。

 さすがに待ちくたびれてきた頃、興奮気味に戻ってきたニモさんとジャマルくんの第一声が、「雲がドラマチック!ものすごいスピードで流れて、視界が隠れたと思ったらまたすぐに晴れていくのが、まるで魔法みたい!」という感想だった。ジャマルくんが月のクレーターのようだと表現する宝永火口にも感動したらしく、周辺の新緑と赤茶色の岩とのコントラストが美しかったと、熱く語ってくれた。また、今二人が歩いてきた一帯がちょうど森林限界で、植物の姿や風景が大きく変わる境目であることを伝えると、興味深く聞いていた。雲の上の展望台で2時間半も待ち続けるのは楽ではなかったが、こんなにも喜んでもらえて、こちらまで嬉しくなった。

 別れ際、「東京から日帰りで行けて、日本の伝統的な建築や美しい自然を見ることができるスポットを教えてほしい」という要望があった。本当は富士宮の浅間大社や白糸の滝を訪れてほしかったが、残念ながらすでに夕方で、今日はもう東京に戻るとのことだったので、それならばと鎌倉を推薦した。日本のファッションやテクノロジーにも興味があるジャマルくんの希望で、渋谷のスクランブル交差点にも行きたいというので、カーナビへの登録を手伝ってから別れたのだが、後になって大事なことを伝え忘れたことに気づいた。サッカーワールドカップで日本代表の試合がある夜だけは、スクランブル交差点に車で行くのはおすすめできませんよ。

第21回 フジサンタカイネ2 第21回 フジサンタカイネ3
宝永火口付近でのジャマルくん。五合目の売店で購入した富士山ニット帽がよく似合っていた。 後日ニモさんからメールで届いた写真。「おすすめしてくれた鎌倉に行ってきました。なんて美しい場所なんでしょう!ありがとうございました」と嬉しいメッセージが添えられていた。
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