能とバチカンの意外な関係

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甫の一歩

 

第1回

能とバチカンの意外な関係

 はじめまして。宝生(ほうしょう)流能楽師、田崎甫(たざきはじめ)です。私は幼少期より能楽師として育ち、現在は東京の水道橋にある流儀の本拠地、宝生能楽堂にて住み込みをしながら修行に励んでいます。富士・富士宮へは縁あって、1年前より月2回の頻度で、出稽古のため通っています。

 さて、今回のコラムでは先日の海外公演のことを書こうと思います。去る6月下旬、イタリア北部の古都ヴィチェンツァ及びバチカン市国を訪れました。近年、能楽が世界無形文化遺産に認定された影響もあり、能楽の海外公演は以前よりも盛んに行われています。宝生流は2015 年のミラノ万博に招聘されて以来、イタリアでの公演やワークショップを重ね、私は第二十代宗家(家元)の宝生和英(ほうしょうかずふさ)先生のお付きとして、また同時に演者としてその全てに同行し、5回目となる今回も大変貴重な体験をさせていただきました。

 バチカン公演のパンフレットにも記載されていましたが、日本は古来よりさまざまな文化や信仰に対する理解を深め、それらとの共存と融和を実現してきました。このことはまさに現代社会における世界的な課題ともいわれていますが、日本とバチカンの国交75周年を記念した今回の公演では、能楽の中で最も格式高い演目とされる『翁』(おきな)、異なる流派である金剛流との合同で演じる『羽衣』(はごろも)、そして能楽唯一のキリスト教演目である復曲能『復活のキリスト』という三つの演目を上演しました。これによって、相互理解の精神をバチカンから世界に発信することができたのではないかと思っています。

 最初に上演された、神事としての能楽の原点でもある『翁』は、翁・千歳・三番叟、それぞれが舞を通して天下泰平・国土安穏を祈るものですが、カトリック教会の総本山であり宗教国家であるバチカンにおいて、この神聖な儀式である『翁』の奉納をすることは、お家元の一つの信念でした。

 また『復活のキリスト』は、1957年にドイツ人宣教師ホイヴェルスの原作を元に初演され、その後1963年に再演されて以来、今日まで上演されることがなかった作品です。そのため、再演にあたっては奇跡的に残っていた初演時の音声や謡本などを参考に話し合い、合同稽古を繰り返してようやく完成しました。ふだん、私たち能楽師は演者全員で稽古をするという習慣はなく、ぶっつけ本番、あってもリハーサルにあたるものを一度やるだけですので、このように何度も集まるのは異例なことでした。

 私は演者として『翁』の千歳と、『復活のキリスト』のツレ(主人公の助演者)・ヤコブの母マリアを務めました。このような栄えある舞台で役を二つもいただけることは身に余る光栄で、能楽師冥利に尽きます。帰国してからも、その反響の大きさには驚くばかりで、能楽をバチカンで演じることの意義を改めて感じました。

 住み込み修行は6年目を迎え、今までは先輩のお手伝いばかりでしたが、少しずつ自分の活動を始めるようになりました。富士・富士宮への出稽古もその一環です。母の故郷でもあり、今は両親が暮らすこの地を基盤に、これからも引き続き活動してまいりますので、応援のほどよろしくお願いいたします。

『翁』での千歳の舞(バチカン・カンチェレリア宮殿にて)

(バチカン・カンチェレリア宮殿にて)

『復活のキリスト』のシテ(キリスト:宝生和英氏・左)とツレ(マリア:田崎甫氏・右端)

『復活のキリスト』のシテ
(キリスト:宝生和英氏・左)とツレ
(マリア:田崎甫氏・右端)

 

宝生流能楽師 田崎 甫(たざきはじめ)

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