能舞台から見る桜

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甫の一歩

 

第3回

能舞台から見る桜

 いつのまにか桜が散り、夏の気配を感じる季節になりました。今回は過ぎゆく春を惜しみまして、富士地区からも多数のお客様にモニターとしてお越しいただいた『奉納 靖國神社 夜桜能』を振り返り、能と桜について書こうと思います。

 気象庁による全国各地の桜の開花宣言ですが、東京では靖國神社にある標本木のソメイヨシノが5輪咲くと発表されます。古来より、日本人は桜を大切にしてきました。それは「サクラ」という言葉の語源で分かります。諸説ありますが、ここでは代表的な2つの説をご紹介します。

 第1の説は、『古事記』や『日本書紀』などの神話に登場するコノハナサクヤヒメ(木花咲耶姫)の「サクヤ」が「桜」に転じたという説。コノハナサクヤヒメは日本神話において最も美しい存在と表現されており、霞に乗って富士山の上空へ飛び、そこから桜の種を蒔いたといわれています。そのため、富士山を神体山としている富士山信仰の象徴でもあり、全国で1,300以上に及ぶ浅間神社の総本社である富士山本宮浅間大社(富士宮市)の祭神として祀られています。

 第2の説は、サクラの「サ」は「サ神様」と呼ばれる穀物の神様の意味で、「クラ」は神様の居場所である「御座(みくら)」を意味するというものです。昔から、山の神様が春になると桜に宿り、里に下りてきて田植えが終わるまで滞在していたといわれています。稲作りの始まりと開花が同じ時期なので、桜のもとで豊作を願ったのかもしれません。

 桜の功徳をご存知でしょうか。能『西行桜』に登場する西行法師は、「桜が咲くと多くの人が集い賑やかになる」ことだといいます。『西行桜』は老桜の精と花の西山に閑居の西行法師、そして花見客の三者によって描かれる「惜春」を主題とした世阿弥作(ぜあみ)の名曲です。その世阿弥は著書『風姿花伝』で「散らない花などなく、散るからこそ咲いたときにめずらしさを感じる。だから能においても、停滞することなく、変化し続けることが大切だ」と述べています。
 また、数々の能の曲の主役となっている在原業平(ありわらのなりひら)は、『古今和歌集』でこのように詠んでいます。

 「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」
(この世の中に、桜というものがなかったら、春をのどかな気持ちで過ごせるだろうに)

 人の心を騒ぎ立てる力のある桜の素晴らしさを伝えようとしている作品ですが、どこか哀しげにも感じられます。

 『夜桜能』は、東京・靖國神社で三夜にわたり繰り広げられる顔見世薪能です。毎年、当代の名手や注目の若手を揃え、本年で26回目を迎えました。一日平均来場者数は1,300人程となり、能楽の催しでは日本一の規模にまで成長を遂げました。
 その靖國神社能楽堂は、開花を知らせる標本木をはじめとした、たくさんの桜に囲まれています。演者から見えるのは、満開の桜。そして心の目で松を見ます。松は能舞台の背面に必ず描かれており、これを「鏡板」と称し、背面ではなく前面にある松が鏡写しになっていると考えます。また、松は古来より神が宿る神木とされています。2つの神木を前に舞い謡うことができる夜桜能は、演者にとっても最高の舞台です。

 能の成立には豊作祈願が起源ともいわれる田楽が深く関わっていることもあり、「サ神様」が見守ってくださるのかな、あるいはコノハナサクヤヒメが桜の種を撒いてくれたから靖國の舞台はこんなにも綺麗なのかな、などと考えながら今年の舞台を勤めました。
 私は子どもの頃から『夜桜能』の桜を見続けてきました。満開の桜でお客様をお迎えできるときもあれば、葉桜になるときもあります。一年をどのように過ごしても桜は咲き、そして散る。だから春が待ち遠しくもあり、哀しくもあります。 

 富士・富士宮での稽古活動も1年が過ぎました。5月からは再整備された能舞台をお借りして、稽古できることになりました。その舞台のお披露目の会も、まもなくです。変化を恐れず、停滞しないように活動を続け、着実にこの地に能の文化を広めていきたいと思います。

第3回 甫の一歩

今年の『夜桜能』にて『綾鼓(あやのつづみ)』のツレ・女御役を演じる田崎さん(演者・右)

宝生流能楽師 田崎 甫(たざきはじめ)

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