第1回

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産婆の住む街から

 

第1回

 Face to Face 138号で、60代の女性が通う助産所(助産院)として紹介していただいて以来、「60歳でも赤ちゃんを産むのですか?」など多くの方からユニークな言葉をいただくようになりました。答えはもちろんNOです。今回は意外と知られていない助産所のことをお話しします。

 「助産師」と呼ばれるこの仕事は、私が免許を取った頃には「助産婦」、もっと昔は「産婆」と呼ばれていました。産婆は女性たちとともに村に住み、そこで産まれる赤ちゃんを自宅に出向いて取り上げていました。赤ちゃんが生まれそうになり、家族が産婆さんを呼びに行き、慌ててお湯を沸かすシーンをドラマで観たことがある方は多いと思います。学生の頃、ドラマの中で年配の産婆さんが、村の人たちに信頼され、母子の命を預かり赤ちゃんを取り上げる凜とした姿にあこがれ、早く年を重ねたいと思ったほどです。

 産婆さんは、産後の健康管理や子育ての指導をして、その後も引き続き女性たちの健康を支えるばかりではなく、夫婦げんかの仲裁や取り上げた子どもの結婚相談など、村に住む女性の一生に関わり続けて困ったときの駆け込み所として機能していたようです。

 戦後、ほとんどの女性が施設内で出産するようになり、立ち合っていたのが助産師だったのか看護師だったのかの見分けもつきにくくなったことで、あまり認知されなくなってしまった助産師ですが、テレビドラマ『コウノドリ』で注目を浴びて以来、幅広い年代の人たちに知られるようになりました。助産師就業者数は徐々に増加していて、2013年は36,395人ですが、地域で開業する助産師はそのうち1,801人にすぎません。コウノドリ同様に多くの助産師は、病院や診療所で出産のみに関わっているのです。富士市も、平成13年以前には20年間ほど助産所がなかった期間があり、現在でも入院施設を持つ助産所は1つだけです。そのため、助産師は赤ちゃんを取り上げるだけの人というイメージができてしまっています。しかし、実は今でも「助産師は、妊産婦指導、分娩介助、産後ケア、育児そして不妊にかかわる相談、思春期・青年期・更年期の健康教育など女性の生涯にわたる健康を支える専門職」と謳われているのです。

 さて、それでは60歳の女性が通う助産所の毎日はどのようなものでしょう。

 ある日、ママのお乳に吸い付くことができない赤ちゃんがママと入院していました。まずは赤ちゃんの舌の動きのトレーニング、そしてママと助産師が力を合わせて赤ちゃんに授乳を教えます。赤ちゃんの泣き声がどこにいても聞こえるので、泣き声を聞くとすぐに助産師が駆けつけることができます。赤ちゃんのペースに合わせて、時間を気にすることなく昼夜練習を繰り返していくと、1~2日あればほとんどの赤ちゃんがちゃんとママのお乳に吸い付けるようになって帰っていきます。2階の部屋で授乳の練習をしていると、下の部屋からは産後の身体戻しのエクササイズをしているトレーナーの声と参加しているママたちの笑い声。そしてチャイムを鳴らして入ってきた50代の女性が、玄関先ですれ違う赤ちゃんたちに目を細めて、ママたちと挨拶を交わす。小さな助産所の中で、さまざまな年齢の女性が関わり合い小さな支え合いが起こります。

 妊娠や産後のケア以外に助産所を訪れる女性の目的はさまざまです。乳がん自己検診の指導や更年期による体調不良、肥満への対処、尿漏れや陰部の不快感、夫婦生活での不具合などの悩みや不安など、長い間だれにも相談できずに小さな不安を抱え続けてきた女性たちがやってきます。出産・子育てを経験してきた女性であっても、これまでだれからも陰部の洗い方やお手当てのしかたを教えてもらったことがなかったり、尿漏れのためにやっていた骨盤底筋体操だったのに、超音波で確認したら正しく筋肉を動かすことができずかえって負担をかけてしまっていたり。日々の生活を丁寧に聞いていくことで、これまでだれにも聞けなかった心配を解決する糸口をみつけられます。女性ならではの悩み、とりあえず助産師に相談してみましょう。60代の女性が通う助産所は、そんな役割を担っている場所なのです。

次回は、加齢や出産でダメージを受ける骨盤底筋についてお話ししたいと思います。

第1回 産婆の住む街から1

堀田 久美(ほった くみ)
助産師/保健学博士
菜桜(なお)助産所代表

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