Vol. 152|ワンダーラビット・クラブ 代表 匂坂 桂子

匂坂 桂子さん

習うより、遊んじゃおう

2020年、子どもたちの学びの環境は劇的に変化する。テストで測り得ないコミュニケーション能力や問題解決能力など、生きる力を育もうという教育改革が来年に迫り、小学校でも英語が正式な教科となる。1960~70年代、アメリカのポップカルチャーがテレビドラマや映画、音楽を通じて日本にも浸透し、英語は少しずつ身近になった。この時代に多感な時期を過ごした匂坂桂子(さぎさかけいこ)さんは、スヌーピーが大好きで、カーペンターズの声に心地よさを感じ、欧米文化がすんなりと自分の中に入っていったという。

受験勉強の経験から英語を苦手とする人は多いが、匂坂さんは「ことわざ英語かるた大会」を開催するなど、英語を使った活動を通じてその魅力を子どもたちに伝えている。机にかじりついて学ぶのではなく、まずは楽しむこと。そこから広がる世界が、子どもたちの人間力を高めていくのかもしれない。

匂坂さんが英語に興味を持ったきっかけは?

今は小学生のうちから塾に通うことも珍しくありませんが、私が子どもの頃には、塾通いをしている小学生は稀でした。5年生のときに、母のつてで家庭教師として来ていた大学生から教えてもらったのが、英語に触れた最初です。

当時はアメリカのドラマが日本でも放送されるなど、欧米文化が日本になだれ込むように入ってきていました。戦後の復興期で、アメリカに追いつけ追い越せと日本が経済成長するなか、アメリカの文化がかっこよく見えたんですね。そういう時代背景があったからかもしれませんが、英語に魅かれていましたし、大学生の先生への憧れもありました。一つ下の妹は小さな頃から美術を志していたので、私は違う道を選ぼうと漠然と考えていました。そんなときに学者か先生になるしかないと母から言われ、私はなんとなくそういうものだと思ってしまったんですね(笑)。当時は今のように情報が溢れてはいなかったので、母の暗示にかかったのかもしれません。

今は『ワンダーラビット・クラブ』を主宰して、ことわざ英語かるた道場や英語の絵本の読み聞かせなど、英語を核とした活動を展開しています。また、非常勤講師を務める相模女子大学では、遊びを通じて子どもたちに英語を指導していく方法を教えています。

「ことわざ英語かるた」は、どういうところから思いついたのですか?

高校時代に週1回の小倉百人一首かるたクラブに所属していました。かるたは畳の上の格闘技といわれるくらい熱い戦いで、部活として毎日練習していたわけではありませんが、競技かるたに熱中していました。もちろん勉強もしていましたが、単語カードをちょっと改良して、かるたみたいなものを作っていたんです。英語だけではなく、他の教科もオリジナルのかるたを作って勉強していました。

英語のことわざのかるたを作ろうと思ったのは、自分が教える立場になって、英語の勉強に苦しむ中学生を目の当たりにしたからです。中学1年生から英語の授業が始まると、苦しむ子は本当に苦しみます。3年生になって受験英語で悩む子どもたちを見ていて、中学生から勉強として始めるのは遅いと思っていました。語学はアートに近いもので、発音やリズムは感覚でとらえられる教科だと思うんです。でも学校ではテストがあるので、中学生に英語を感覚で学ぶように言っても難しいですよね。だからもう少し早い段階で遊びながら英語に触れられるようにならないかと考えたときに、かるたが思い浮かびました。

ことわざ英語かるた大会

ことわざ英語かるた大会

英語のことわざと聞いただけで拒否反応を起こす人もいそうですが、子どもたちの反応はどうですか?

受験などで英語にマイナスのイメージを持っている大人には難しく見えるかもしれませんが、まだ英語を教科としての学習と認識していない子どもたちにとってはゲームの一つなので、とても楽しく盛り上がることができます。ことわざ英語かるたには『Practice Makes Perfect(習うより慣れよ)』というタイトルをつけてあります。中学・高校と勉強しても使える英語が身につかないと指摘されてきましたが、来年度には英語教育が大きく変わり、小学校から英語が教科になります。暗記が重視されてきましたが、ただ単語を暗記するだけでは使える英語は身につかないんです。言葉というのは、場面場面で実際に単語や言い回しを聞いたり使ったりして覚えていくものです。

例えばゲームをしているときに、カードを渡しながら『Here you are.(どうぞ)』と言えば『Thank you.(ありがとう)』と返ってくる。これが自然な流れです。楽しみながら英語を使って慣れ親しむのがスタートです。毎年ことわざ英語かるた大会を開催していますが、参加した子どもたちからは、次はもっと取りたい、勝ちたいというやる気の声が聞こえています。かるたというゲームに夢中になることは、スポーツと同様、やり抜く力やくじけない心、我慢する力や、逆境から這い上がるような回復力も養います。英語はコミュニケーション手段として使うものです。かるたを楽しみながらいろいろな力を養い、英語にも親しむ。ことわざ英語かるたは昨年で誕生20周年を迎え、今では子どもの頃にかるた大会に出てくれた子が成長し、スタッフとして手伝ってくれています。ありがたいことです。

英語を教える匂坂さん

英語での活動を通じて
EQ(心の知能指数)を高める

学問としての英語ではなく、コミュニケーション手段としての英語を楽しみながら身につけていくのですね。ほかにはどんな活動をしていますか?

富士市内で毎月、英語の絵本の読み聞かせをして、印象に残ったことをアートクラフトで表現してもらうという活動もしています。私の妹で、画家の匂坂祐子(さぎさかゆうこ)と数年前から一緒に活動するようになり、ワンダーラビット・クラブとしての活動も幅が広がってきています。英語を核としたさまざまなイベントを計画して、地域や学年に関係なく、興味を持った子どもや保護者の参加を募っています。

昨年は国立青少年教育振興機構の『子どもゆめ基金』助成活動として認められ、創作英語劇も行いました。2回目の今年も、イギリスのプロの俳優さんを講師に招き、英語で指導してもらいます。英語での指導と聞くと大人は二の足を踏んでしまうかもしれませんが、子どもたちには本場の英語のシャワーをたっぷり浴びる経験になります。日本語を使わずにコミュニケーションをとることができると、子どもたちの表情も自信で満ち溢れるんですよ。

今年(2019年)は7月21日から練習を始めて、12月8日に発表会を開催する予定です。一つの舞台を作り上げていくには、仲間と協力する必要もあります。参加者は楽しみながら使える英語に親しめるのはもちろんですが、いろいろな人が集まるなかで人間力も鍛えられます。昨年の英語劇には3歳児から中学生の参加がありましたが、台詞のない場面で、小さな子が退屈そうにしているのに気づいた別の子が、演出の変更を提案してくれたんです。場面や役柄によって出番や台詞が少ないのは仕方のないことですが、小さな子は待ち時間が長いと、飽きて落ち着きもなくなってしまいます。でも、状況や仲間の性格をよく見ている子がいてくれたおかげで、うまく解決できました。劇を作っていく過程では、子どもの間でもいろいろな人間関係が生まれます。自分のことばかりではなく、周りの子のことも考えられるようになるというのは、本当に素晴らしいことです。もちろん、分かっていても伝えられないという子もいますが、いろんな経験を積みながら、気がついた問題点を解決に向かわせる力を養うことができます。

スマホやパソコン、ゲーム機を介してコミュニケーションをとることが多い現代ですが、人と直接関わることが大切です。地域も年齢も異なるいろんな子どもたちが集まって、劇を作ったり、かるたをしたりすることによって、人間力が高まっていけばいいですね。英語はそこに介在するだけですが、子どもたちに確実に浸透し、英語が好きになっていくはずです。好きこそものの上手なれ、ですね。

妹の祐子さんと

テンペラ画家として活躍する妹の祐子さんと

今後はどんなことをやっていきたいですか?

以前、富士市内の中学校でミュージカル風英語劇の指導をしたことがあって、参加してくれた子どもたちにとっても、私にとっても良い経験でした。また、ミュージカルをどう作るのかを勉強しようと、富士市主催のミュージカル制作講座を受講したんですが、そのとき私の書いた詩に先生が瞬時にピアノでメロディーをつけてくれた曲が今でもとても気に入っています。その曲を英語にして、英語でミュージカルをやってみたいですね。もともとショービジネスに魅せられていた時期もありましたし、妹もバレエなどの舞台芸術を観るのが好きなので、妹とも協力して進めていきたいと思っています。来年初めにはポップスやスタンダードジャズなど、幅広いジャンルの歌を英語で歌おうというイベントも計画しています。勉強という枠組みから飛び出して、英語で楽しむ体験を広げていきたいですね。

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Kazumi Kawashima
Cover Photo/Kohei Handa

匂坂 桂子さんプロフィール

匂坂 桂子
ワンダーラビット・クラブ 代表

1960(昭和35)年5月1日生まれ
富士市出身・在住
(取材当時)

さぎさか・けいこ/吉原一中、富士高校、関西外国語大学外国語学部英米語学科卒業。公立小・中・高校や日本語学校などでの講師経験を経て児童英語教育に携わる。1998年に『ことわざ英語かるた Practice Makes Perfect』を発行し、普及活動に取り組む。現在、非常勤講師として相模女子大学で英語遊び指導法の教鞭をとりながら、地元で定期的に英語かるた大会や英語絵本の読み聞かせの講座を開催している。創作英語劇やミュージカルなども展開しており、英語教育とエンターテイメントを統合する「エデュテイメント・プロデューサー」として、今後も活動を広げていく。

ワンダーラビット・クラブの活動

詳しくはウェブサイトで
http://www.wonderrabbitclub.com/

Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜

英語教育のあるべき姿とは?という問いに対して、日本の義務教育はまだはっきりした答えを出せていないように思います。会話力重視にシフトする一方で、大学をゴールとした「受験のために勉強するもの」「論文を読むために必要なもの」という側面も根強く残っています。どちらの方向性が正しいということではなくて、どちらも大事だけれど限られた授業時間のなかでの両立が難しいのでしょう。

冒頭の問いへの匂坂さんの答えは明快です。「英語で楽しんじゃおう!」。「楽しい」はそのうち「外国語が好き」「外国人と話すのが好き」につながり、そして学校の授業以外の時間にも積極的に英語に触れたり吸収していくことにつながります。ただし、サバイバル英語でいいとか文法なんかどうでもいいという意味ではたぶんありません。質の高い教材や場を用意してあげれば、楽しく遊んでいるうちにそこにある法則に自ずと気づく力を、子どもはみんな備えているのです。英語に限らず。

ところで今月より「ぷろぐ」の飲食店情報に「全席禁煙」マークをつけました。お店探しの参考にしていただければ幸いです。

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