Vol. 147|東京農業大学応用生物科学部 准教授 勝亦 陽一

勝亦 陽一さん

のびのびスポーツ研究室

誰でも身体を動かすことの根源的な喜びをもって生まれてきたはずなのに、いつの間にか運動に苦手意識を持っているとしたら、それはスポーツを楽しむ機会がないまま大人になってしまったからなのかもしれない。

富士市で生まれ育ち、小学生時代から野球で何度も全国大会を経験してきた勝亦陽一(かつまた よういち)さんは、「どうしたら野球がうまくなるか」を追求して博士(スポーツ科学)を取得。現在は東京農業大学応用生物科学部の准教授として、子どもを取り巻く環境、保護者や指導者の役割、さらにはコミュニティや社会の在り方にも研究の目を向けている。子どもから高齢者、虚弱者からトップアスリートと、誰もが心から運動を楽しめる街が実現したら―― 。勝亦さんの研究はまちづくりにもつながっていく。

勝亦さんは、ずっと野球少年だったんですね。

幼稚園の頃から身体を動かすことが好きで、運動は得意でした。父と庭でキャッチボールをしたり、幼稚園の時にはサッカーをやっていましたが、地元にサッカーチームがなかったので、小学3年の終わりごろに少年野球のチームに入りました。すでに同級生が10人以上いて、その子たちがあまりにもうまいので驚きました。5、6年生の時に2年連続で全国大会に出場し、僕はショートで試合に出ましたが、一番下手だったんです。中学で野球部に入ったのは、野球の難しさが面白かったからです。野球には投げる、捕る、打つ、走るの技術的要素に加えて、戦術も絡んできます。『うまくなることが面白い』っていうのがキーワードで、ただ単純に『勝ったから面白い』とか『相手よりうまいから面白い』というのが動機だと長続きしないと思うんです。

僕は理論的に検証するのがとても好きでした。2年生の時に、誰かが『子どもは筋肉痛にならない』って言っていたのを聞いて、『いや、絶対になるはずだ』と自分で確かめたこともあります。階段で何回も何回もうさぎ跳びをしたんです。そうすると痛くなるんですよ、歩けないくらい。やっぱり子どもでも筋肉痛になるなぁ、と(笑)。

野球のコーチに教えてもらったんですが、弾んできたボールの捕りやすいポイントは2ヵ所、決まっているんです。一番捕りやすいのはボールが上がって沈んでくるところ、次はボールが地面について跳ね上がった直後。それを知っているか知らないかだけで、ボールを捕れる確率が全く違うんです。その理屈がわかったとしても、身体がそこへ行けるようにならなくてはいけない。理屈と実際の身体の動きが初めて合致した時のことは、今でも鮮明に覚えています。

早生まれの野球少年は淘汰されやすいという研究は、何がきっかけだったのですか?

きっかけはたくさんありました。僕は5月生まれなんですが、小学生の時に、ほかの子よりも運動も勉強もできる方だったんです。身体が小さくてできない子もいるんですよね。できない子のサポートをするような取り組みをクラスでやっていて、先生に『わからないところを教えてあげて』と言われると、『なんで僕にはできて、この子にはできないのか』とか、『身体が小さいと運動は難しいよな』と、その頃からいろいろと感じていました。

大人になって生まれ月と運動能力の関係の研究を始めたのは、国立スポーツ科学センターで働いていた2012年からです。それ以前には博士論文で子どもの身体の発育・発達と投能力の発達について研究していて、だいたい身長が1センチ伸びるとボール投げのスピードも時速1キロくらい速くなることがわかっていたんです。つまり、同じ学年でも大きな子と小さな子で身長が20センチ違うと、ボールのスピードは20キロ違うんです。実際、小学生のピッチャーは4~6月生まれが圧倒的に多いんですよ。でも、小さな子がその後大きくなって逆転する可能性もあるわけです。小学生の時にピッチャーをやっていた子が、その後背が全然伸びなくて高校では通用しなくなってしまうこともあるんです。そういうデータを小学生から大学生までいろいろなチームで取っていたので、これは指導する方々にちゃんと伝えなくてはいけないと思いました。でも『身長が伸びると、ボールが速くなりますよ』って伝えても、『まぁ、そうだよね』で終わってしまうんです。大人が単純に今の状況で子どもたちを評価するのではなく、選手の個性を大切にしながら子どもたちの将来を考えて指導する。そのきっかけに生まれ月の研究がなるといいなと思ったんです。

最近では「選手ファースト」という言葉もよく聞きますね。勝亦さんの研究は、さらに一歩踏み込んで、子どもの未来「フューチャー・ファースト」という発想ですね。

子どもには生まれながらにして『立ちたい』『歩きたい』『走りたい』『道具があったら使いたい』という人間の根本的な欲求があるんです。身体を動かす楽しみや上達する喜び。それが潰されてしまい、幸せになれるチャンスを失っている可能性があるのではないでしょうか。

その理由の一つが、試合に勝つことを最優先にして指導する『勝利至上主義』だと思うんです。チームの中で早く生まれた4~6月生まれの子どもたちが優先して試合に出てしまうと、その子たちは非常に有能感をもってスポーツに対してより好循環になるけれども、起用されない子どもたちは『自分は下手だ』という劣等感をもってスポーツからドロップアウトしてしまうかもしれません。本当にもったいない。一度はスポーツを選んだ子どもたちが、『お前は下手だから試合に出るな』って……。小学生の指導者は、個性や将来のことも考えて、もっといろいろな『ものさし』で子どもたちの能力を測っていくことも必要ではないでしょうか。

早稲田大学の野球場

早稲田大学の野球場を、あそび場として開放する取り組みも行なっている。

華やかなスポーツの世界ですが、裏方の部分も大きいですね。大人の関わり方も大切になりますね。

昔はスポーツに入っていく前に、空き地や小学校で遊びとして自由にボール遊びができました。遊びを通じて身体を動かしてからスポーツに入ると、根本に『楽しい』というのが残っているんです。今の子どもたちには安全に運動できる場所が少なく、より管理された『習い事』として初めてキャッチボールをしたり、バットを触ることが多いんです。習い事になってしまうと、学年別の大会などもあり、学年に縛られがちになります。

昔はいろんな学年の子が混ざった自発的な遊びの中で、学年の上の子の方が優越感を味わえ、学年の下の子は負けても『仕方ないな』という逃げ場があって、うまくいっても失敗しても、みんな納得できたんです。それが学年の活動になってしまうと、失敗したときの逃げ場すらなくなってしまう。これは相当苦しいですよね。昔は安全とされた空間も今では『危険』と認識され、安心して遊べる場が減っています。だから、子どもたちが遊びの中で自由に身体を動かす楽しさを味わえるよう、大人がどのような環境を用意するかが課題です。

スポーツは人を幸せに
そして人生を豊かにする

身体の使い方やトレーニングも指導なさっていますね。特に野球がうまくなるトレーニングのためにいろいろと開発をなさっているそうですが。

両端にグリップがついているバットを考案しました。トレーニングというと直線的な動きが多いのですが、野球は身体をひねる動きが主なんです。このバットはスイングを速くするために、片方のグリップはバットを振る要領で引っ張る、もう片方の人はそれを保持するようになっています。ある程度長いものになれば互いに引っ張り合うこともできます。二人で同時に引っ張り合うと、どちらが強いかわかるんです。だいたい強い方が遠くまでボールを飛ばせるので、中学生でも高校生でもゲーム感覚でトレーニングしています。このバットは実用新案で登録もされているんですよ。

このほかに野球選手用のヒップホップ調のリズムダンスエクササイズも考えました。野球選手だけでなく、スポーツの選手というのは、胸・背骨・肩甲骨がどう動くのかがとても大事なんです。ボールを投げる時には胸を張りますが、最近の子どもはずっと猫背でゲームをしていたりするので、骨盤も寝てしまうんです。しっかり胸が張れない。胸を張ると、骨盤も前傾します。これが野球にとってとてもいい姿勢なんです。ボールを投げる時も、捕る時も、打つ時もこの姿勢です。投げる時は胸が閉じた状態からグッと張らなくちゃいけない。だからその動きを楽しくダンスでできるようにしたらどうか、できるだけ多くの人にスポーツがうまくなってもらいたいと思って作りました。

簡単にできて効果のある運動法はありますか?

片足立ちを1日30秒でもやってみるといいと思います。片足立ちができることは、子どもにとっても大人にとってもかなり大事です。高齢者が片足立ちができなくなると、ズボンを座って履かなくてはならなくなります。これだけでも生活はかなり変わってしまいますよ。太腿の筋力が落ちているということなので、まずは脚の筋肉を鍛える必要があります。

また、人間が立つには、かかと・親指側・小指側の3点のバランスが大切です。急に立った時に親指側が浮いてしまったり、親指の内側ばかりに力がかかってしまったりと、バランスが崩れている人もいます。そうすると、歩いていても効率は良くないですし、何かあった時にさっと足をついてバランスをとることができず、転倒してしまいます。家で立ったり座ったりするだけ、最初は『ちょっと疲れたな』でやめていいんです。とにかく、『今までやっていなかったことをやれば、それはすべて身になる』と考えてください。できるようになったら、負荷を大きくするとか、頻度を増やせばいいんです。

子どもがつまずきやすいのも、やはり3点でのバランスがうまくとれないことが原因です。これにも遊び場が少なくなってきているのが影響していると思います。体育の授業も整備されたところで行われていたり、小さな時から転ぶ経験をあまりしていないので、転んだ時に手が出ない子もいるんでしょうね。親に守ってもらっているんでしょうが、過保護になればなるほど、子どもの能力は開花しないと思います。

毎年富士市の中学生対象の職業講話をされていますね。若い人に伝えたいことは?

昨年は岳陽中へ行きました。僕が中学1年の時に描いていた未来は、大学に行って、教員免許を取って、地元に戻って体育の先生になるということだったんです。でもそうはなっていません。中学の頃描いていた未来どおりになっている人はほとんどいないと思うんです。それでも、その目標に向かって頑張っていると、その中でまたやりたいことが見つかってゴールが変わっていくんです。ゴールが変わったら、またそれに向けて一生懸命にやればよくて、それが自分の道になっていく。その都度決めた目標に向かって一生懸命走っていくのが、人生を豊かにする、そして自分のやりたいことを達成する近道なんだと思いますね。

それに、僕にとって幸運だったのは、両親の理解があったことで、大学院までの約30年間、基本的に誰かに対して何かをするというのではなく、自分のやりたいことに対して全エネルギーを注げました。そのエネルギーは、どうやったら誰かの役に立てるかを考えたり、人と触れて何が必要かを感じたり、いろいろな人に会って、いろんな経験をすることでチャージされていくように感じていました。そういう経験を若い頃にしてほしいと思いますね。僕は今もいろいろなことに興味をもって活動していますが、これから取り組んでいきたいと思っているのは空間デザインについてです。遊び場を作ることが、地域のコミュニティを作ることにもつながります。子どもたちがもっと遊ぶように、あるいはコミュニティができやすいように体育館や公園の遊具やベンチの配置を考える空間デザインにも興味があります。スポーツを通じて個の育成だけでなく、地域の育成というのもやっていきたいと思っています。

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text/Kazumi Kawashima
Cover Photo/Kohei Handa

勝亦 陽一
東京農業大学応用生物科学部 准教授

1979(昭和54)年5月13日生まれ
富士市出身・東京都在住
(取材当時)

かつまた・よういち/大淵中、富士高校、早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業後、同大学大学院人間科学研究科修士課程、同大学大学院スポーツ科学研究科博士課程修了。同大学スポーツ科学学術院助手、2012年国立スポーツ科学センタースポーツ科学部研究員を経て、2014年東京農業大学応用生物科学部助教、2018年から現職。中学や高校の野球部のトレーニング指導のほか、野球に関する講演も行なっている。NHK Eテレ『すイエんサー』の「バシバシ投げるぞ!ドッジボール」の回に出演も。現在、自発的に子どもが遊べる場所として、母校・早稲田大学の野球場を借りてあそび場開放を行うなど、精力的に活動している。職業講話のため、毎年富士市内の学校を訪れている。

公式ウェブサイト
https://yo1walker.wixsite.com/katsumata-yoichi

公式X(旧Twitter)
https://twitter.com/Katsumata_Yo (@Katsumata_Yo)

Nutshell 〜取材を終えて 編集長の感想〜

「Face to Face Talk」では、富士地域で活動されている方だけではなく、市外・県外で活躍している富士地域出身者もときどき取り上げています。今回はそんな遠征枠のお話として、東京・世田谷の東京農業大学を訪ねました。

勝亦先生の研究テーマは、一言で言えば「スポーツをみんなのものに」ということです。肉体的に恵まれた人しか楽しめないのではなくて、誰もが活躍できるし、誰でも同じように楽しむことができる。そんな人とスポーツとのいい関係を実現するために、勝亦さんはふたつの視点からアプローチしています。ひとつは、体格や運動能力的なハンデを埋めることのできる身体の動かし方やトレーニング方法を探るという、身体科学的な視点。もうひとつは、誰もがスポーツを楽しめるような社会制度や生活環境、教育のあり方を考えるという、社会科学的な視点。近年重視されている、理系と文系の視点の融合です。さらに研究対象は体育会系なので、このうえなく学際的です。

「子どものスポーツにもっと多様なものさしを」と勝亦先生は言います。これまで少年スポーツで疎外されることの多かった早生まれの子どもたちにスポットを当て、目先の勝ち負けだけではなく将来的な可能性も見てあげようと訴えます。みんながスポーツをのびのび楽しめる環境は、長い目で見れば選手がいちばん育つ環境でもあるのです。

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