Vol.172 talk #おうち先生 主宰 小泉 卓登

新しいコミュニティ様式

 コロナ禍で外出自粛を余儀なくされた小学生に向けて、オンライン生配信による授業を行なう『#おうち先生』が、地方創生を推進する自治体や市民による優れた活動を表彰する『第15 回マニフェスト大賞』で特別審査委員賞を受賞した。この活動を主宰する小泉卓登さんは、富士市 出身・在住の現役大学生。昨年4月、新学期を迎えたばかりの小中学校が全国一斉休校になるという混乱の中、小泉さんは緊急事態宣言発出の 翌日に『#おうち先生』の開始を自身のSNSで表明し、さらにその翌日には第1回の配信を行なったというから、その決断力と実行力には感服 させられる。新型コロナウイルスによる負の影響はいまだ収束していないが、リアルに会えないことを嘆くなら、ウェブ上の空間を安心できる「居場所」に育てていけばいい。パンデミックに背中を押されて旧来の価値観が変容していく今こそ、生きやすい社会を再構築するチャンスで もある。そんな希望を抱かせてくれるインタビューだった。

『#おうち先生』 主宰 小泉 卓登

『#おうち先生』の取り組みについて教えてください。

 「去年の春以降は、大学生の僕も授業や就職活動が 中断してしまいましたが、SNSでつながっている地元の皆さんから、自宅で過ごす子どもたちの生活習慣 や学習の遅れが心配だという声を受けて、今の自分に何かできることはないかと考えました。オンライン会議ツールの『ZOOM』を使ってウェブ上でやりとりをすれば、外出自粛中でも子どもたちに情報を届けられると思い立って始めたのが『#おうち先生』 です。小学生を対象に、1コマ30分の授業を学年や教科ごとに配信して、各家庭で希望する授業を無料で視聴してもらうという仕組みです。僕一人で始めたんですが、活動を知った大学生や高校生が手を挙げてくれて、最終的には13人の先生役が得意分野に沿った授業をする形になりました。学校が再開した後も継続してほしいという保護者からの要望があり、8月下旬まで夜間に実施して、冬休みには特別編も配信しました。当初は富士市内の小学生を想定していましたが、口コミや各種メディアで紹介されたこともあって、静岡県内の他市町から全国、さらには海外在住者にも広まって、受講者は延べ2千人にまで増えました。慣れない環境に置かれた子どもたちに、安心して楽しく過ごせる時間や家族以外の人とのつながりを提供できたことに加えて、『生活のリズムが整った』、『自発的な学習習慣が身についた』、『親にとっても精神的に救われた』といった保護者の声が数多く届いたことも嬉しかったです。」

小泉さんの自宅から配信される『#おうち先生』の授業風景

これまでになかった仕組みを立ち上げ、継続する過 程では困難も多かったのでは?

 「今ではリモートワークの普及でオンライン会議ツールも一般的になりましたが、当時はまだあまり知られていなくて、保護者の方には、まずZOOMの使い方を説明することから始めました。授業の内容も手探りで、試行錯誤の連続でした。最初はオンライン学習塾の講師のようなイメージもあって、計算問題や漢字クイズをメインにしてみたんですが、モニター越しに見える子どもたちの表情がものすごく硬いんです。姿こそ見えませんが、隣にいる保護者も明らかに困惑している雰囲気が伝わってきて、『勉強を教えるにしては内容が中途半端』という厳しい指摘もいただきました。そこで気づいたんです、子どもたちは学力向上のために参加しているわけじゃないし、今の僕がどれだけ頑張っても林修にはなれないって(笑)。つまり、僕がやりたかったのは学習塾の真似ごとではなく、居場所づくりだったんです。毎日の配信や反響から工夫と改善を重ねて、折り紙を折ってみんなと見せ合ったり、家の中にある『あ』から始まるものを持ち寄ったりと、ゲーム性を高めて楽しめるようにしていきました。最終的には30分間の授業中、子どもたちとしっかり向き合って、それぞれの名前を呼んで、ただ楽しく会話をするというスタイルになったんですが、子どもたちの表情や保護者からの反響も良くなって、『#おうち先生って、これだよね』という確信に至りました。もちろんこれは僕一人でできることではなくて、無償にもかかわらず先生役として参加してくれた仲間たちの存在が欠かせません。サークル活動やアルバイトも含めて、大学生活が凍結した苦しい時期でしたが、みんなには感謝の気持ちでいっぱいです。じつはい まだに直接会ったことのない先生もいるんですが、同世代の仲間たちとオンラインでも信頼関係を築けたこと、協力して社会的な価値を提供できたことは、大きな財産になりました。」

自作の資料を使いながら子どもたちに語りかける
オンライン会議ツール・ZOOMのユーザー画面

小泉さんはこれまでにも市民活動の立ち上げや運営に関わってきたそうですね。

 「地元での活動の最初は、2017年の成人式で実行委員長を務めたことです。新成人が直接運営に携わるのが富士市の成人式の特徴で、当時僕は東京で一人暮らしをしていたんですが、実行委員の公募を見て迷わず申し込みました。どうせやるならと委員長に立候補して、半年以上の準備期間を経て、多くの同級生が集う成人式当日は大きな達成感を味わうことができました。その過程で、地元への熱い思いを持つ仲間がいることに刺激を受けましたし、それと同時に、地域の未来や課題について、まだまだ若者の関心が足りないなという問題意識も芽生えました。僕自身も、生まれ育ったまちにもっと深く関わりたいと思うようになって、その年に仲間と立ち上げたのが『富士山わかもの会議』という市民団体です。若い力で富士を盛り上げようというコンセプトのもと、防災や選挙への啓発活動、SDGsについてボードゲームを使いながら学ぶワークショップなど、地域社会の課題や未来について考える場づくりに取り組みました。最初のうちはイベントを開催しても、緊張してうまく思いを伝えられなかったり、準備不足で会場の一体感を作り上げることができなかったり、失敗もたくさん経験しました。ただ、僕はたいてい何でも最初は失敗するんです(笑)。でもそこから学んで、成長すればいいのかなとも思っています。現在は『富士山わかもの会議』の代表を後輩に引き継ぎましたが、富士の若者が社会に対して積極的に行動する機運がさらに高まると嬉しいですね。」

『富士山わかもの会議』での活発なワークショップ
富士市成人式の実行委員長として壇上に立つ

幼少期からリーダーシップを発揮する性格だったのでしょうか?

 「いえ、10代の頃はむしろ学校やコミュニティの中で浮いている存在でした。高校受験までは何の疑問も持たずに勉強していましたが、多くの大人や同級生が良しとする価値観の中で、何のためにこんなに勉強するんだろうと考えるようになって、既定のレールを走ることへの違和感が増していきました。勉強をやめると当然成績は落ちるわけで、高校時代は誰からも評価されない場所で悶々としていた感じですね。浪人生活を経てなんとか入った大学では、『やっと自分らしく活躍できる!』なんて考えたのも束の間、一度の講義に学生が5百人も集まるマンモス大学では、教授の記憶にすら残らない、大勢の中の一人でしかありませんでした。オープンキャンパスの学生統括を務めたりもしましたが、結局は毎日なんとなくアルバイトをして、ゲームをして、なぜか髪を赤く染めてみたりして、肝心の授業では教室の一番後ろでカップラーメンを食べてるみたいな感じで、なりたい自分とはかけ離れた存在でした。大きな転機になったのは、大学の先輩が『名古屋わかもの会議』という市民活動を立ち上げて、東京と名古屋を往復しながら頑張っていると知った時です。東京で学生生活をしながら、自分の地元を盛り上げる活動なんて可能なのかと、衝撃を受けました。僕は心に響いたらすぐに動くタイプなので、まだ面識のなかったその先輩に連絡を取って、話を聞くために会いに行きました。熱い思いを語る先輩の姿がかっこ良くて、憧れて、富士でも若者の力で何か貢献できることはないだろうかと考えるようになったんです。その思いが成人式の実行委員長や『富士山わかもの会議』の発足、そして『#おうち先生』の活動へとつながっていきました。」

その思いがある限り、今後も活躍の幅は広がりそうですね。

  「これから先、企業や組織に所属することになれば、当然そこが僕の活動の軸になりますが、その中でも自分なりにできることはあるはずです。自分がやりたい、やるべきだと感じることには一生懸命取り組んでいきたいです。そもそも、コロナも含めた世界情勢や労働環境がこれだけ不安定で不確実なものになっている中で、何十年も先の人生設計まで決めつけて、それに縛られて生きること自体、ナンセンスだと思っています。今に集中して毎日を送りながら、世の中の動きに応じてその都度柔軟に軌道修正していく。その努力を繰り返した先に、いつか何者かになれた自分がいれば最高だと思います。『#おうち先生』の活動も、最初から2千人のコミュニティを作ろうとしたわけではなくて、目の前にある社会課題を解決するために、まずは行動を起こすことから始めました。社会への影響力を高めたいなら、最初にやることは人集め、お金集めではなく、旗振り役が自らの思いで動くことです。その姿を見せることで、仲間や後輩、賛同者もついてきてくれると思うんで す。そのためには、どんな環境にいてもユニークな存在であり続ける必要がありますし、また同時に、周りにいるユニークな人や考え方を受け入れていくことも大切ですよね 。『#おうち先生』で印象に残っている出来事があります。ある不登校の子が参加していて、モニターには顔を出さないんですが、チャットという文字のやり取りではいきいきと会話をしてくれたんです。学校には行ってないけどデジタルツールには精通していて、条件が変わるだけでその子の得意な能力や表現力が最大化することもあるんだと気づきました。授業を終えた後、その子のお母さんがすごく喜んでくれたことも忘れられません。そんな経験を通じて実感したのは、教育は一律である必要はないし、学校の黒板と机の上だけでやるものでもないということです。オンラインで大学生のお兄さんお姉さんと会話することも、海外の子どもたちと交流することも、教育の一つですよね。小学校の通知表には左側に学習面の評価、右側に生活面の評価があります。これまでは学習面でどれだけ丸がついたか、親も子もそこばかりを気にする傾向が強すぎたんです。そして僕自身、その価値観に窮屈さを感じてきました。でもこれからの教育はそうではない、通知表の右側の欄を重視したものになっていくはずです。協調性、リーダーシップ、公共心、情緒など、より本質的な人間力が育まれる教育であってほしいですし、それを推進する社会を作っていくのが、僕たちの世代の役目だと思っています。」

すぐに動く
失敗したら反省して
また動く

Title & Creative Direction/Daisuke Hoshino
Text & Photography/Kohei Handa

小泉 卓登

おうち先生 主宰 法政大学法学部4年(取材当時)

1996(平成8)年4月26日生まれ(24歳)
富士市出身・在住

こいずみ・たくと / 吉原第三中、富士高校を卒業後、法政大学法学部に進学。2017年の富士市成人式で実行委員長を務めたことをきっかけに、地元と若者をつなぐ社会活動に着手。同年9月に市民団体『富士山わかもの会議』を創設し、初代代表となる。地域の課題を洗い出すワークショップやSDGsに関する啓発活動など、時代のトレンドに即した取り組みを積極的に展開。新型コロナウイルス感染拡大により小中学校が一斉休校となった2020 年4月には生配信で無料オンライン授業を行なう『#おうち先生』を立ち上げ、延べ2千人の小学生とその保護者が受講。子どもの居場所づくりを目的とした活動実績が評価され、『第15回マニフェスト大賞』において静岡県内の事業として初となる特別審査委員賞を受賞した。地元のコミュニティFM『Radio-f』ではナビゲーターを務め、ラジオの放送中もトレードマークの下駄を愛用するなど、個性的なキャラクターの持ち主でもある。

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