子どもが子方(こかた)になるとき

甫の一歩

 

第6回

子どもが子方(こかた)になるとき

 緊張状態の表現は、子どもによってさまざまです。楽屋を走り回る子、装束をつけると泣き出す子……。しかしどんな子どもも、幕が上がれば演者の一員。みな、立派に舞台へ出るのです。

 能楽師のプロフィールには、生年月日や出身地の他に、「披(ひら)き」の舞台、その他に「初シテ」や「初舞台」を記載する習わしがあります。披きとは、特定の難曲や大曲を勤めることで、初シテは、初めてシテ(主役)を勤めること、初舞台は、能楽師として初めて舞台を踏むことです。能楽師の子どもは、4〜5歳で役をいただき、初舞台を踏む場合がほとんどです。今回はこの「初舞台」についてのおはなしです。

 能舞台に登場する子役のことを、子方(こかた)と呼びます。この子方は、シテ方(※)の家の子どもが多く演じます。ここで能独特なのは、子方は必ずしも子どもの役だけではないということです。たとえば『船弁慶(ふなべんけい)』や『安宅(あたか)』では、成人している源義経の役を子方が演じます。なぜでしょうか。ひとつには能独特の「シテ中心主義」という考えがあります。『船弁慶』の前場の主人公は静御前ですが、相対する義経を大人が演じては、静御前にスポットが当たらずかすんでしまうから、という考え方です。また『安宅』では、主人公の武蔵坊弁慶が義経を打ちすえる場面がありますが、ここでより哀れさを強調するという演出上の効果も生まれます。また帝(天皇)役の多くは子方が演じますが、汚れのない子どもが演じることで神聖さが増す、とも考えられているようです。

 先日、ある会で初舞台を踏む子どもがいました。お父さんに甘えて駄々をこねるその子は、装束を着けるとぐずついてしまいました。能装束は紐で何重にも締めながら着けていきますので、締め加減に不慣れな子どもは、きつく締まりすぎたりと大変なのです。大人数人で子どもを支えながらなんとか着付けを終えても、その子は一向におとなしくなりません。鏡の間(揚幕の奥の部屋。大きな姿見が備えてあり、舞台と楽屋の間に位置する。装束の着付けを終えた役者がここで出を待つ)へ移動して、いよいよ出る直前になっても相変わらずピシッとしない子に、大人たちはやきもきします。しかしどうでしょう、幕の前に立ち、揚幕が上がると、さっきまでぐずついていた子は別人のようにシャンとなり、大人顔負けの立派な顔つきで歩み始めたのです。舞台へ出てからも堂々としたもので、最後まで立派に勤めました。

この子の初舞台の演目は、セリフもなく舞台へ出て座るだけの簡単なものですが、普段の稽古では能装束を着けずにやりますし、当然ながらお客様もいません。ですので、張り詰めた空気の中で稽古どおりに舞台を勤めることはなかなか難しいことでしょう。私は、役者の子どもは役者、などと思いながら、子どもが子方へ変わるさまを見て、ずいぶん感心してしまいました。この子方は、この先たくさんのセリフや動きのある難しい演目を勤めることになります。時には失敗してしまうこともあるでしょう。辛く険しい子方時代の始まりですが、同時に大きな期待も感じます。親から子へと芸のみならず生き様のようなものが伝承されるその大事な瞬間を目の当たりにし、自分の中で忘れていたさまざまな感情が呼び起こされました。

※能は完全な分業から成り立つ演劇です。謡と演技を担当する立方はシテ方・ワキ方・狂言方の3つの役からなり、楽器担当の囃子方は笛方・小鼓方・大鼓方・太鼓方の4つの役から構成されます。そして、さらに各役がいくつかの流儀に分かれています。

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『西王母(せいおうぼ)』で子方を勤める幼少期の田崎さん

宝生流能楽師 田崎 甫(たざきはじめ)