日本料理はせ川 小口竜太朗さんの包丁

小口竜太朗さん

はせ川 小口 竜太朗さん

モノものがたり 第8回
「伝統の先に見えるもの」

日本料理はせ川は、特別な日の会席料理をはじめ本格的な和食が味わえる、明治38年創業の老舗。現社長・小口頼一さんのご子息で5代目としての修行に励む小口竜太朗さんに、116年続いてきた店を継ぐことの重責について尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「子どもの頃から、料理人になりなさいと言われた記憶はありませんし、大学生までのびのびとやらせてもらいました。でも、いつか自分も店に立つ日が来るのだろうと漠然と思っていましたね。」

22歳から東京の料理店で修行を始めた小口さん。中学校を卒業後すぐに料理の世界に入る人もいるなかでは遅いスタートだった。少しでも早く実力をつけたいと願い、休日も店に顔を出し、先輩から学んだという。カウンター割烹の店など複数の店舗で約6年修行を積み、地元の富士に戻ってきたが、個室でお客さんのプライバシーを守りながら食事を楽しませるはせ川と、カウンターに座るお客さんの目の前で料理を振る舞う修業先という店のスタイルの違いに、はじめは戸惑った。

「帰ってきたばかりの頃は、東京でやってきたことを早くはせ川で活かしたいと躍起になっていました。けれど今振り返ると、僕は目の前のことしか見えていませんでしたね。社長にはいつも、全体の調和を大切にするように言われます。店が長く続いてきたのは、お客様がいらっしゃることはもちろん、一緒に働いてくれる従業員さんたちを大切にしてきたからですが、私はそれを頭でわかっているつもりでも、まだまだ行動に移せていないんですね。」

小口さんが使う包丁を見せてもらった。6種類ほどあり、それぞれの包丁には、職人技が存分に発揮できるよう手が加えられている。たとえば、鰻を卸す鰻裂き包丁は、切り刃の角度を使う人に合わせて削って調整されている。他人の包丁を使うと刃が引っかかってしまい、前に進められないという。道具ひとつとっても、料理人の色が表れるのがわかる。つまり包丁はその料理人の蓄積してきた経験の象徴だ。竜太朗さんが愛用する包丁にも、東京での修行時代からの技術や料理人としての思いが込められている。

柳包丁と鰻裂き包丁

愛用の柳包丁(上)、 鰻裂き包丁(下)と菜箸

 

「店の賄い料理は、誰が作ったのか食べればすぐわかります。レシピ通りに作っても、最後の微調整に大きく個性が出ますね。体調によっても味覚は変わるので、いつも自分の体調の変化を観察しています。疲れがあるときには18~30時間くらいのプチ断食をします。すると味覚が戻って、肌つやも良くなるんですよ。」

新型コロナウイルスの感染が拡大した影響により団体客が減った一方、これまでよりも家族や個人客の割合が増え、小口さんが修業時代に学んだことを活かせる機会が多くなったという。

「団体の場合はスピードやコストが重視されますが、個人のお客様相手ですと一人ひとりと向き合いやすいので、メニューに自由度が広がり、料理の構成が変わりました。召し上がった方が喜んでくださる姿を想像しながらメニューを考えることが楽しいです。」

はせ川がこれまで積み上げてきたものを守りつつ、いつかは自分ならではの新たな価値の提供にもチャいレンジしたいと小口さんは話す。

「お客様が楽しまれている雰囲気が僕たちにも伝わるような店です。それはお客様のご要望に応えやすくなるのと同時に、はせ川で働いてくれている人たちにとっても、仕事の充実感につながります。」 歴史を辿るとはせ川は、吉原に芸者がいた頃から接待などで使われ、現在はランチ営業や弁当の販売をし、時代の流れに合わせて変化してきた。けれど、お客さん、従業員、それぞれの“人”を大切にする心はこれからも変わることはないだろう。

(ライター/針ヶ谷あす香)

日本料理 はせ川
富士市吉原3丁目3-14
TEL 0545-52-0343
公式Web

 

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